距離
知りたい、知りたい、知りたい。
彼を知っていく度そう思う。
『はじめまして』から始まるような、穏やかな関係では無かった。
殺気と警戒を、少しずつ緩和していって今に至る。
手と手が触れ合える今の距離。
これが今の限界だけど、でもそれは今だけだから。
無限の可能性が俺達にはある。
「嫌いな食べ物は?」
この質問は、まだまだ俺達の前半戦。
横に並べなくて、先を楽しげに歩くゴンを少し後ろから眺め歩いていた時にした。
「普通さ、好きな食べ物から聞かない?」
肩越しに振り返って、困ったような笑みを見せる。
まだその笑みの真意が俺には分からない。
これが今の心の距離。
「食事に誘う時、嫌いなものを知っておけば確実に避けられるだろ」
「嫌いなものは無いから、そんな風に気を遣わなくてもいいよ」
また前を向いてゴンは歩き出す。
その背中に向かって、ゴンが言う普通の質問を投げかけた。
「・・・・・・じゃあ好きな食べ物は?」
「昨日キルアと一緒に行ったアイスクリーム屋さん!すっごく美味しかった」
「アイスが好きなの?」
「好きなものはたくさんあるから、全部あげようとすると時間掛かるもん」
沢山あると言いながら、それでも答えは即答だった。
嫌いなものを聞いた時に、既に好きな食べ物の答えを用意していたんだろう。
でもその答えはゴンの気分やその日の天気、様々なものによって日々流動していて、また同じ質問をしても、同じ答えは返ってこない気がした。
嫌いな食べ物は?と何度聞かれても、それはあまり変わる事は無い。
ゴンの場合もそれは同じで、嫌いな食べ物は?ともう一度聞いても、同じく無いと答えるのだろう。
好きな食べ物も同じ気がする。
人によっては、肉が好き、魚が好き、野菜が好き、果物が好きって決まっていていつも同じ。
でもゴンの答えはバラバラで、何度聞いても楽しめる。
それじゃあ明日は何が好きなのかな。
そんな事を考えながら、前を歩くゴンを見つめた。
気がつけば、俺の立ち位置はゴンの隣に移動していた。
並んで歩きながら、たまに横目で低い位置にある頭を見る。
「髪っていつもどこで切ってるの?」
硬質そうに見えるゴンの髪は、撫でれば意外に手に馴染んだ気がする。
転寝していたゴンを見て、触りたいという欲求に逆らえなかった。
起こさないよう優しく静かに。
いけない事をしているようで、何故だか恐くてすぐに離した。
ほんの数秒じゃ分からない。
いつか自然に触れるようになるだろうか。
触れるために伸ばされた手を、ゴンは受け入れてくれるのだろうか。
「家にいた時はいつもミトさんが切ってくれてたんだけどね。今は髪切る為にわざわざくじら島に帰る訳にもいかないから、伸びたら適当に自分で切ってるよ」
言いながら自分の髪を引っ張っているゴン。
「じゃあ今度切る時は俺に切らせて?」
するりと口から滑り出た言葉。
触りたい触りたいと脳内で繰返していたからか、言った時は無心だった。
でも直後、己の口から出てしまった言葉を掻き集めて自分の口に押し込みたいくらい後悔した。
拒絶が恐い。
前よりは近づけた。
ならもう十分じゃないか。
でも、俺の中にいる俺はこう言うんだ。
『足りない』
一度出てしまったものは元には戻せない。
ゴンを見ていられなくて、視線を前に戻そうとしたその時だった。
「うん、じゃあ今から切って」
「え?」
「ほら。前に切ったの結構前だし、話題に上げられたから気付いたけど伸びたなぁと思って」
ダメ?と言って下から俺の顔を覗き込むその顔は、期待を孕んだ笑顔だった。
また少し近づけて、それからまた何日か過ぎたある日の事。
「ねぇシャル。手、繋いじゃだめかな?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
ゴンといる時、俺の脳はこうしてよく仕事をサボる。。
休みなんてある訳ない。
早く働け。
「・・・・・・手?」
結局俺の脳はろくな成果を見せず、返せた言葉はそれだけだった。
「うん。だめ?」
もう一度、小首を傾げて聞いてくる。
だめなんて、そんな訳あるはずない。
「もちろんいいよ」
答えた途端、ゴンはほっとしたような笑みを浮かべて俺の手を取った。
触れた手の平から広がる優しい温もり。
俺の手は震えていないだろうか。
緩く握られて、俺はそれに答えるように握り返す。
感触を受け取ったゴンは、穏やかな笑みを向けてこう言った。
「シャルの手って綺麗で女の人みたいだなぁって思ってたけど、やっぱりちゃんと男の人の手だね」
ゴンから差し出された手。
俺ばかりが欲にまみれていて、そんな俺を知られるのが嫌だった。
けれど違った。
ゴンも知りたいと思ってくれていた。
手を取ったのは、知りたいという気持ちが膨れ上がって我慢できなかったから。
内心の喜びを表情に出す事は辛うじて避けられたものの、周りに誰もいなければ踊りだしていたかもしれない。
握る力を少しだけ強めて、俺も笑ってこう言った。
「そりゃあね。ゴンの手は、まだまだお子様の手かな」
「すぐに大きくなるよ」
拗ねたような響きの言葉に苦笑する。
「お子様体温。温かくて気持ちいいからそのままでいいよ」
「お子様は余計。シャルはちょっと低体温?冷たくて気持ちいい」
「そう?じゃあ丁度いいのかもね」
「うん!」
手と手が触れ合える今の距離。
無限に広がる俺達の未来。
遠くて嫌気の差すような距離だって、二人で歩み寄れば心地良い時間。
二人で歩み寄ればすぐに縮まる。
さぁ、次の一歩はどちらから?
End.
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カスタリアの泉のユピタ様の1000打記念フリーのシャルゴンを頂いちゃいましたv
シャルゴンって独特な雰囲気がありますよね。
私はまだシャルゴンは描けないんですけど、ユピタさん書かれる二人の感じは素敵だと思います。
私もいつか書けるようになるかなぁ…(^ω^)
幸せな小説を感謝ですっ!(>_<)
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