くじら島



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キルゴンです。

ゾルディック宅でキルアと再会を果たし、二人はくじら島へ向かった。
久しぶりに会ったゴンやミトの優しさに触れて、キルアは今まで自分の知らなかった安らぎを感じていた…。

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知らなかった。

人に囲まれ過ごす時間が、こんなにも安らぎを与えてくれる温もりだという事を。

楽しいなんて、思える日が来る事を。
開放されるなんて思いもしなかった。


「あー…面白い人達だな」

つまらなかった日々に終止符を打ってくれたのは紛れもなくゴンだ。
ちらりとキルアと共に隣で仰向けに寝転がる相手へ視線を向ける。
夜空は満天の星が散りばめられていて、明かりがなくても目を凝らす必要が要らない程十分な視界を保ってくれている。

「でしょ。騒がしいぐらいが楽しいよね、キルアが居たからご飯もちょっと豪華だったよ」

得したとでも言いたげな調子で笑顔を浮かべ、ゴンも星空から隣へと視線を移す。
屈託のない表情は眩しくて、常に張り詰める気が和らぐのをキルアは感じる。
ふ、と口許が緩み自然と笑みが零れた。

「ミトさんて料理上手だよなー、スゲェ美味かったぜ」

ただ話をしているだけでも楽しくて、それは帰りたくないと思う程に心地が良くて。
隣にゴンが居る事も、心穏やかになる理由の一つとして大きく占めている。

「当分食べられるよ。豪華さは今日だけかもしれないけどね」

悪戯っぽく告げてくる声音も楽しげで、二人してクスクスと笑い合った。

再び夜空へ視線を向け、風に乗って届く虫や野鳥の声へ耳を傾けた。
ゾルディック家では荒んだ心ゆえ拝む余裕もなかった星空を眺め、束の間の静寂を堪能する。

そうするうち、ふとゴンが口を開く。

「ねぇキルア。俺とずっと一緒に居てくれる?」

静かな声音で問い掛けてくる目線は星空へ向けられていて、答えを期待する沈黙がキルアの返答を待っている。
『当たり前だろ』と告げるのは簡単だけど、生来の照れ癖が素直な言葉を詰まらせた。

「………居るよ、オメーが俺に飽きない限りはね」

やっとの事で告げた台詞は素っ気なく紡がれ、長い沈黙がたったそれだけなのになんとか絞り出したという葛藤を物語る。

酷く、気恥ずかしい。
と同時に、心が温まる気がする。

「飽きるワケないじゃん!友達だもん」

へへっと笑って返す弾む声が耳に心地良く、浮き立つ思いに駆られた。
生まれて初めて出来た友達が、ゴンでよかったと心から思う。

「そっか。じゃあ…ずっと一緒だぜ?」

スッと天へ向けて差し出した拳を隣へ傾け、小指を立てて問い掛ける。
意図を察したゴンがキルアの指へ自分の小指を差し出し、絡める動作に迷いなど微塵も感じられなくて。
ガキっぽい事をしてしまったかな、と思ったのも杞憂だったとらしくもなく微かに緊張した心も和らぐ。

「うん、絶対だよ!」

絡めた指へ力を籠もらせきゅっと強く誓い合っては、自然と顔を見合わせてお互い満面の笑みを浮かべる。
縛られる事は嫌いだったはずなのに、今はとても心地良い。

相手がゴンだからか、『絶対』の言葉を疑う余念も湧かなかった。
ずっと一緒に居られると、きっと本当に叶う誓いだと思えたから。
優しく輝く満天の星空を視界に信頼のもと交わした"約束"は、安らかでいて穏やかな気持ちを二人へ与えた。

「そろそろ戻ろっか」

「そうだな。だいぶ寒くなってきたし」

「うん、これからもっと冷えるよ」

小指だけ絡めていた手を握りなおしてゴンが先に立ち上がる。それからゴンはキルアの体を引っ張って立ち上がらせた。すると、手を繋いだまま向かい合うような形になってしまい、二人の間に沈黙が流れた。

先ほどは心地よかった虫や鳥の声が、今は逆に静けさを強調するようで落ち着かない。
やべ、キスしたい・・・でもマズイよな、友達宣言したすぐ後だし・・・キルアは無意識にゴンの唇を見つめていたことに気づいて、目を伏せた。

その瞬間、唇にやわらかいものが触れた。

「早く行こ」

「あ、ああ・・・」

ゴンの唇だ、と認識したときにはすでに、ゴンは背を向けて歩き出していた。余韻に浸る間もなく引きずられるようにして後を追う。
忘れてた。ゴンは時々、大胆だ。自分よりガキだと思ってうかうかしていると、すぐ追い越されてしまう。
不意に、木々の隙間から月の光がゴンを明るく照らし出して、それに気づいた。後ろから見ても分かるほど、ゴンの耳が真っ赤になっていたのだ。

やっぱりガキはガキじゃん。キルアは可笑しくなって思わず吹き出した。


「なあ、今度は俺からしていい?」

「・・・なにを」

笑われたせいか、不機嫌な声でゴンが返す。

「キスだよキス」

「ダメ!」

「なんで!?自分はしといてずりーだろ」

「ダメったら・・・!ちょっ・・引っ張らないで」

「うわ、すげー。顔真っ赤じゃん」

「もういいでしょ・・・っ離して!」

「い・や・だ。あ、目ぇウルウルー」

「してない!いい加減怒るよ!」

「すっげーかわいい」

「キル・・っん、んん・・・っ」


「好きだぜ、ゴン」

長いキスの合間、キルアが囁いた。

「俺も…、キルアのこと大好きだよ」

ゴンの気持ちには気付いていたはずなのに、その言葉はまるで初めて想いを紡ぎだした言葉であるかのように、甘い衝撃と共にキルアの体に染み渡った。

夜の静けさに溶け込んでいったそれはいつまでもキルアの耳に残っていた。



小さな寝息が二つ。
キルアとゴンの二人は、小さなベッドの中ですっかり深い眠りについていた。
だがそこに、安らかな寝息を立てる二人を、じっと見つめる影があった。

窓の月明かりに黒い人影が落ちたのに、気配に過敏なキルアでもそれに気付けなかったのは、その影の持ち主に全く気配が無かったからだ。

「お前は彼らの世界には居られないよ。分かるだろ…?キル。
このまま彼と一緒にいたら、お前は彼を殺しちゃうよ……?」

無表情のまま呟いた彼は、暫くの間キルアを見つめた後、音も無く闇に消えていった。




つづく

参加者/花峰ショウ/文月様/mimi様/