『夢で逢いましょう』
「えっ、今日ってクリスマスなの?」
夕闇のグリードアイランド。
焚火を囲んで座るゴンが、驚いた表情でビスケに問う。
「そうよ、正確にはクリスマスイブだけどね」
人差し指を立てながら、師匠然として言うビスケ。瞬時にキルアとゴンは「数字の9!」と、『凝』でビスケのオーラを見破る。
同時のタイミングに、二人は顔を合わせてニッと笑った。
「あんたたちもどんな状況下でも日付や時間の感覚を把握できるように訓練しておいた方がいいわよ。プロのハンターたるもの、陽も差さないような場所で何日も、下手すりゃ何ヶ月、何年も過ごさなきゃいけないことだってあるんだからね」
飲み込みの良い弟子たちには一言、助言を与えるだけで十分。
付け足すような口調でビスケが忠告する。
「う~ん、そっかぁ」と、どうやって日付をカウントしていったらいいものかと思案するゴンと、「オレ、多分大丈夫。ガキの頃イタズラして、よく地下牢とかに閉じ込められたけど、日付の感覚狂ったことねぇもん」と得意げに言うキルア。
キルアの台詞に、「えっ」とゴンは驚いた表情で顔を上げ、ビスケはほんの少し哀しそうな表情を浮かべる。
その空気を察したのか、キルアはカラカラと笑って「へーきへーき、ふつーの家で物置とか押入れとかに閉じ込められるのと同じだよ」となんでもないことの
ように答え、「それに、それこそクリスマスなんてプレゼント沢山もらえたし」と、一流の暗殺一家に生まれて良かったと思える点を嬉しそうに話す。
そんなキルアの顔を見て、ふと思いついたようにゴンが尋ねた。
「ねぇキルア。キルアの家は山の上にあって海がないけど、サンタさんはどうやって来るの?」
「・・・ハァ?」
どこか的外れな質問に、キルアはぽかんとして声を上げる。そんなキルアの反応に対し、ゴンもまたキョトンとした表情で見返す。
噛み合っていない二人の会話の様子に、ビスケはクスクスと笑い出した。
「ゴン、あんたの故郷ではサンタクロースはサーフィンしてやって来るんだろ?」
ビスケの問いに、何を当たり前のことを、という表情でコクンと頷くゴン。
「ハァ!? マジで!? サンタはふつー、そりとトナカイだろ!? ・・・って、あ、そっか。お前の故郷って、ひょっとして今の時期・・・夏か?」
察しの良いキルアが言いながら気付き、ゴンは「クリスマスはね、いつもミトさんや村の人たちと浜辺でバーベキューするんだよ」と自身の生まれ故郷の慣習を答えた。
「そっかー・・・住んでる土地で習慣も違うんだよな。オレらの中でははさ、サンタはそりに乗って空を飛んできて、暖炉の煙突から入ってきて子供の枕元にプレゼント置いてくって設定になってるぜ」
「設定って・・・あんた、子供のくせに可愛げのないこと言わないの」
明らかにサンタの存在を信じていないことを伺わせるキルアの発言を、ビスケが嗜める。
するとゴンは、「プレゼントかぁ・・・」とどこか神妙な顔で呟いてから、パッと表情を明るくして「ねぇキルア!」といつもの調子で誘いをかける。
「折角だからさー、今日は靴下を置いて寝ようよ!」
あまりにも突飛で子供じみた提案に、キルアは一瞬沈黙し、間を置いてから「ブッ」と吹き出した。
「マジかよー、お前! さすがにゲームの中にまでサンタはやって来れねーって!」
そう言ってゴンの言葉を笑い飛ばすキルアだが、ゴンは大真面目に言った。
「わかんないよ? だって、ジンの作ったゲームだもん」
イベント発生、するかもしれないよ? とイタズラっぽい笑みを浮かべて誘いかけるゴンに、キルアは少し困ったような嬉しそうな表情を見せる。
「裏技とか、隠れキャラとかそんなモンか? なんでもアリっちゃアリな世界かも知れないけど・・・でもなぁ・・・」
どうにも子供じみていて照れくさい気持と、ゴンの誘いに乗りたい気持が同居しているキルアの心情。しかし、こういう場合は結局ゴンの言う通りにするしかないことを、キルア自身が一番よく知っていた。
「何が欲しいのか、ちゃんと手紙も書こうね!」
既に"靴下を置いて寝る"ことがゴンの中では決定事項になっているようで、ウキウキと自身の荷物の中から紙とペンを取り出し、焚火に近寄り膝をついて何
事か書いている。そんなゴンの様子を見て、キルアはハァ、とひとつ諦めたように溜息を吐いて仕方なしに付き合うことにする。
ゴンから紙とペンを受け取ると、キルアは不意にニッと笑いチラリとビスケの方を見た。
「まー、サンタは現れるかどうかわかんねーけど、とりあえず大人がひとりいるからな・・・」
「えぇぇ~~? 大人なんてどこにいるのかしらー?」
ぶりっ子をしてキョロキョロ辺りを見回す仕草をするビスケに、「おめーだよ、このババ」まで言いかけたところをアッパーカットで吹っ飛ばされるキルア。懲りない少年である。
一方、ゴンの方は欲しいものを既に書き終えた様子で、紙を四つ折りにして、荷物の中から取り出した替えの靴下にそっと差し入れる。
準備万端といったところか、ゴンは少し楽しそうな様子で微笑んで、心の中で静かに祈った。
その日の夜。
ゴンは夢の中、確かに温かな手の感触を感じた。
追いかけて、追いかけて、辿り着きたくて、めいっぱい差し伸ばして、ようやく届いた自分の手を掴んでくれた、温かな大きな手。
頭を撫でて、抱き締めてくれた人。
その腕の中の温かさ。
ゴンは、その温もりを知って初めて、自分がこんなにもコレを欲しがっていたのだと気付いた。
夢の中なのに、否、夢の中だからなのか、嬉しい気持が胸いっぱいにこみ上げて、不意に涙が零れ落ちるのをゴンは感じた。
キラキラと、流れ星のようにゴンの頬を伝う涙。
その涙を拭う指が、頬を包む掌が、とても温かくて、ゴンの心は幸せな気持で満たされたのだった。
「・・・なんだよコレーーー!?」
キルアの怒号で始まった翌朝。
目を覚ましたゴンが隣のキルアを伺うと、靴下の中に詰め込まれたゴミを一生懸命取り出しているところであった。内訳の一部を挙げるならば、セミの抜け殻やらどんぐりやらネコの毛玉やら、バインダーを埋めるためだけにカード化したはずのガラクタたちである。
犯人と思しきゴンとキルアの師匠は、苛立つキルアの様子を見て「プクク」とほくそ笑み、非常に楽しそうである。
それを見たキルアが「ふざけんなよ、このくそババ」まで言いかけて上段回し蹴りでビスケに吹っ飛ばされるのもいつもの光景ではあるが。
さて、では自分の靴下には何が? とゴンが、昨夜セットした靴下に手を伸ばす。
布越しに感じるのは、紙の感触。
ほんの一瞬、表情を失うゴン。
(・・・そうだよね、いくらジンが作ったゲームだからって、そうそう都合の良いことなんて起こらないよね)
奇跡は、聖なる一夜が見せてくれた幸せな夢の中だけで十分と、胸の奥からほんの少し湧き起こる切ない気持を飲み込んで、ゴンは手紙ごと靴下を荷物の中に仕舞おうとした。
だが、僅かな違和感を覚えてゴンは靴下の中に指を差し入れてみる。
中に入っている紙は、自分が昨夜書いた手紙より、随分硬い。
取り出してみて、アッと声が出そうになるのを慌てて飲み込むゴン。
見慣れた柄の、四つ折にされた硬質の紙。
驚きと疑問を抱きながら恐る恐る開いて見ると、そこにはやはり、というべきか、道化の絵柄が描かれていた。
(・・・どうして?)
聖なる夜が見せた夢は、果たして魔法か、それとも奇術か。
祈りを込めた靴下の中で、願いがジョーカーに化けた手品を目の当たりにして、ゴンは複雑な気持に陥る。
それならば、優しく頭を撫でてくれた大きな手は、抱き締めて涙を拭ってくれた温もりは、果たして――――
ゴンは、今まで自分が感じたこともないような不思議な音で、心臓が大きく鳴っているのを感じていた。
「クックック・・・まったくあの子は・・・クリスマスは七夕じゃないんだから♣」
魔法都市マサドラで、男が笑う。
長い指には、1枚の紙片が挟まれている。
そこに記されているのは、きっと、世界中のどんな子供の願いより、純粋で切なる想い。
『ジンに会いたい』
「・・・せめて夢の中だけでも、会えたらいいね・・・ゴン♦」
独り呟きながら、男は両手を組んで、唇を指に充てる。
それはまるで、昨夜、其処を濡らした光の跡をそっとなぞるような仕草で、祈りにもよく似た姿だった。
End.
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2011.12.21 UP
きのぴおのアオキ様より、クリスマスプレゼントに頂きました。
感動したので挿絵のようなものを描かせて頂きました。
本編ではとてもつらい展開の中にいるゴンちゃん。
だからこそ、この優しく、少し切ないヒソゴンがなんだか心に染みます。
アオキさん、素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます…!
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